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アイデンティティ迷宮-少年期不在、酒鬼薔薇聖斗は何と戦ったか-

1997年。兵庫県神戸市須磨区ので発生した連続殺人事件。
通称「酒鬼薔薇事件」。

学校の校門前に、犯行声明文を加えた児童の首が置かれ、
全国を震撼させた猟奇的な殺人事件でした。
当時の予想では22,23歳くらいの男性とされ、
プロファイリングまでつくられ、騒ぎ立てられました。
しかし、犯人は全ての人の予想を裏切る人物でした。

14歳の中学生。

少年事件や少年法に関する本格的な議論の始まりは
全てここからだったのではないかと思います。

自分を酒鬼薔薇と名乗った少年Aは、自分自身を「ボク」と「ぼく」
にわけ、「透明な存在」のぼくが、復讐をする酒鬼薔薇の「ボク」
と同居しているといいました。

精神鑑定は、
①知能は年齢相応、精神疾患ではなく、意識は清明。
②未分化な性衝動と攻撃性の結合により、持続的で強固なサディズムがこの事件の重要な原因。
③自己の価値を肯定する感情が低く、他者に対する共感能力が乏しく、
その合理化・知性化としての虚無観や独善的な考え方がこの事件の原因の一つ。
④分裂症ではない。

少年Aについては、様々な言論者や批評家、作家までが言及し、
意見はとめどなく広がりました。
特に世論では「透明な存在」という言葉が受け入れられたかの
ように長々と取り上げられていました。
「透明な存在」…当時17歳のくさつきは、この
言葉を鮮明に覚えています。
最初にお断りしますが、くさつきは、少年Aを擁護するつもりはありません。
彼のしたことは許されるべきではないと思っています。



くさつきは、彼が90年代からはじまった「自分探しの迷宮」
に陥った人だったのではないかと思っています。
「透明な存在」の「ぼく」は本当の自分を探していて
「バモイドオキ神」や酒鬼薔薇となり、復讐しようとしました。
透明であることを許せなかった彼の願望、それが酒鬼薔薇の正体の
基礎だとくさつきは思っています。

90年代。「アイデンティティ」と「自分探し」が異様にもてはやされた
時代であったとくさつきは感じています。
学校ではゆとり教育、対照的に世界は新自由主義に走り始めていました。
小泉首相の「自己責任」世界が押し寄せていたのがこの頃です。
その中で、ゆとり教育は何を目指していたのか。
教育の結果に「アイデンティティ」と「自発性」を求めたのです。
新自由主義とゆとり。一見相反するようで子どもに「社会で責任を追う能力を作る」
という着地点で、一致していたと思います。

なぜか、みんな「本当の自分を探す」ことに夢中になった時代だったと思います。
(まあ、まだ終わってないと思いますけど)

バブルが終わりかけ自分探しという精神的な
価値を重んじるようになってきた境目の時代。内側に内側に自己を
もとめて、孤独にさまよい始めたのがこの時代です。
自分の内側に入り込みながら、「認められたい」「わかってほしい」、
だけど人には言わない自分探し。この状況に
元来の彼の性的サディズムが加わったのが酒鬼薔薇聖斗。
そして、14歳の彼は誰にも気づかれないように独りの世界で自分探し
をする恐ろしい迷宮に迷い込んだのです。

彼の中の「孤独なアイデンティティの迷宮」は、決して他人を寄せ付けませんでした。
酒鬼薔薇を事件発覚までほぼ完全に親にまで隠し通した彼のパフォーマンス。
酒鬼薔薇の住む深淵まで誰も壁をやぶってたどり着けなかった。
社会と自分との間に大きな壁をつくって、内側に入り込んだ
自分探しだったのです。

「存在を認められたい」「特別でいたい」「本当の自分でいたい」。
それに加えて、自分の内側に入り込む時代。
あの頃、自分たちの内に向け続けた「アイデンティティ」に対する渇望は
彼だけを「狂人」として片づけられない何かがあったはずです。
私たちの中にも多かれ少なかれ、自分探しの迷宮への時代の入口であり、
同時に孤独に内に自己表現を向ける時代(前回書いたかも。)
でもありました。

彼は時代の影の中で、アイデンティティ病にとりつかれ、
戻ってこれなかった人の一人ではないかなあと、くさつきは
考えるのです(あくまで、くさつきの考えです)
だから、彼だけが特別な状況(もちろんある程度は特別)
にあって、「狂人」という評価なんて出来ないと思います。


くさつきは、事件後10年たっても彼と酒鬼薔薇、そして
あの頃自分がほしがっていた「本当の自分」を
考えてしまうのです。






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男と女in家族関係 -結婚しても「私」は捨てたくない!という時代-

「あんた結婚せんの?」おばぁちゃんからの手紙に
この一言が添えられ始めたのはいつだったかなぁ…
でも、「別にいいか」と思うのもなぜだろう。
夫婦という価値を人生の中でどう評価したらいいかわからない。
でも、一人は寂しい。どうすべきか…
29歳のくさつきは、そんな感じです。

2004年。保坂尚希と高岡早紀、離婚。
別段変ったことではなく報道されていましたが、その後の彼らの
生活については、かなり注目が集まっていました。
「離婚したので夫婦ではありません。でも、両親は辞められないので
一緒に暮らします」

彼らは、離婚後も半年以上ひとつ屋根の下で「家族」として過ごしていました。

恋人から夫婦になる。この垣根はさほど難しいものではないようです。
しかし、恋人から家族へと意識を変えることは自分の
ライフステージを変える事でもあります。
家族になると、あるものを捨てる…という医学的見地があります。
異性を恋人ではなく、家族として深層でしっかり認識した場合、
性交渉への距離がでてくるらしいです。これは近親相姦をさける
本能的な信号で、強い人もいれば弱い人もいる。家族には「恋愛ではなく
愛情」として接するという本能の信号らしいです。
だから、異性の家族へは恋愛感情や肉体的な欲情は生まれない。
産後のレスが3割強になるというデータもなんとなくわかる気がします。


離婚率は50年前に比べると劇的に上がっています。
離婚の原因はいろいろありますが、その一つとして
「家族」や「夫婦」という価値観がかわってきていることがあります。

昔は、夫婦から家族になるときにたとえ恋愛感情が家族愛に変わっても
「家族」として最後までいることが前提でした。しかし、今は違います。
離婚して夫婦であることを辞めた。
でも、子どもがいるし家族であることは辞めない。だから、一緒に住む。
そんな選択もアリ。夫婦(恋人)と家族。2つはまったく別モノ。
だから保坂さんたちは離婚したのでしょう。家族という縛りが
昔よりゆるくなっているのかもしれないです。

この前、友人がおばあちゃんのお葬式で彼女の人生を最後に
親族が語っているのを聞いていたところ、
彼女の人生は結婚したところまでで止まってその後、
「母として、祖母として最後まで尽くしてくれました」で
締めくくられたそうです。それを聞いて「母や祖母がゴールで
「自分」の人生が語られるのはいやだ!」と素直に思ってしまったそうです。

パパ、ママ。
そんな代名詞の中に埋没していく自分に我慢できない!
どきどきできる自分の人生の自由な選択と可能性が無くなるなら
結婚なんかしなくていいわ!
私は私の人生を、生きていて良かったと思う納得の人生を送りたい!!
だから、何にも縛られない自分でいたいの!
こう思う人、多いのかもしれないです。


草月は、恋人であるということは「他人である」と思っています。
他人だから、恋愛ができる。くさつきの感覚はそうです。
じゃあ、その他人が家族になったらどうなるんだろう。
だんだん恋愛感情が愛情に変化して、結婚して「お父さん」「お母さん」になる。
その時、女としての自分は?昔、夫に抱いたあの感情は?
それをどこかに置いてきて、家族として愛していく。
それだって幸せかもしれない。
だけど、「女としての自分を失くした!」と
すごい喪失感を味わうかもしれないですね。



90年代からの境目ってこういうことだったんじゃないかなぁ。
今まで「社会の役割」(家族の中の母親、会社の中の課長など)
の中に沈みかけていた「自己」が役割の中に
埋没したくないと思い始めた。そういう「いろんな自分」の
可能性を選択出来てしまう社会が到来し始めた。
来るべき時が来た、それだけだとは思いますが…


「判断に迷い、自由に迷う現代人」の心をもってしまえば
そういう心で後は突き進むしかない。そして、これからの社会は
そういう価値観でできていく。
一人一人のかけがえの無い人生は、つねに実験だもの。
どうなるかわからないけど、心のままに
いくしかない。


さて、くさつきは結婚できるのか…?
それとも、「しない」という選択肢に納得できる時期を迎えるのか…?


夢を果たしても、何もなかった-東電OL、欲しかったものは-

東電OL殺人事件。
1997年に起こった事件です。覚えてますでしょうか?

未婚の39歳。東京電力の総合職のOLが殺害された事件です。
彼女は、昼はだれもが羨むキャリアウーマン。しかし、夜は隠れて売春婦。
お金に困らないはずなのに小銭を拾うことに執着し、空き瓶を集め酒屋にも行く。
そして、関係をもった男性に強盗殺人で殺された。そんな事件でした。
(ノンフィクションの本がたくさん出てます)

彼女がいた90年代。バブルという言葉の残骸が人に少しの輝きを見せていた時代。
「もっと向上!」「働けば働くほど豊かになれる!」「がんばればがんばるほど」
を熱狂的に信じさせる夢遊病の世界がまだあったと思います。
あの頃くさつきは高校生でしたが、
「高学歴」の夢はまるで人生の保障のように教えられていました。
くさつきも、それを信じていました。
東電OLも、キャリアにある種の幸せを信じていたと思います。
そんなことはすでに幻なのに、高すぎる夢と目標を何かの強迫観念のように
もっていた人も多いのではないでしょうか?


くさつきは夢を大きく持つのが悪いというのではないんです。
ただ、あの頃自分がわき目も振らず目指した夢や目標は、
本当に自分が望んでいたものだったのか?と今思ってしまうのです。


例えばそこにたどり着いた時、本当に欲しいものを手に入れられたのか?
満足したか?くさつきは大学院に入った時思いました。
本当に欲しかったものはこんな「学歴」なのか?競争し、1番をとり
押しのけてまで這い上がった受験戦争。そこに何があったのか?
東電OLはたぶん、「本当にほしかったのはキャリアなのか?」という問いをしたでしょう。

くさつきの答えは「これは、違うのでは…?」です。
東電OLの答えも見たとおりです。
彼女のキャリアも私の学歴も、本当に欲しかったものではなかったと思います。
望んだことは事実です。でもそれを望まずにはおれない、なにか必要以上の
学歴やキャリアへの依存や幻の幸福を社会は熱病のように見せていたのではないかと
思うのです。


この東電OLに注目する中村うさぎという
「買い物依存症」(と診断されたらしいです)の作家がいます。
彼女は東電OLと同じ世代の人間で、最初はコピーライターでした。
(あまり儲かってなかったそうです)
作家になり、お金をもうけて欲しかったものを買いあさり(主にブランド品)、
年間何百万の借金を背負う女性です。
彼女はこういっています(文芸春秋の昔のエッセイに書いていました。ちょっとうろ覚え)。

「年収1千万を超えた時、そこには何があったのか?
 何もなかったのだよ!諸君!本当に何もなかった。そこにはただ、前と同じように
 飢えている自分がいただけだった」



終わらない飢え。目標を達成しても達成しても満足できない。
達成するとただ、安堵する。その後、また目標や夢をもたないと
だめだという恐怖感。

その根底は社会が見せるおわりなき他者評価の夢だったと思います。
私たちはその中にいて終わらない夢と、目標に追い立てられ
等身大の自分を見失っていったと思います。ほんとうは結構小さなことで満足する。
そんな事実を無視して、より高い評価を得ようと躍起になっていた時代だったと感じます。
くさつきは、今やっと等身大の自分を大事にしたいと思い始め、自分の歩幅が
見えてきました。


そして、こう思うのです。
21世紀に入って社会は変わった。システムも、価値観も。
でも、このおかしな熱病はなくならない。


90年代の病は、たぶんまだ終わっていない。



尾崎豊から浜崎あゆみ世代へ-見えないけど、変ったんだ-

「盗んだバイクで走り出す 行く先もわからずに」「卒業していったいなにわかるというのか」
尾崎豊は70年代、80年代の若者世代の教祖さま的存在でした。
彼の言葉に当時の青年といわれる人たちは共感し、
校舎の窓ガラスを…わったんでしょうか?どきどき…(草月にはムリ。勇気ないです)
草月は尾崎世代ではありません。気がつくと、「尾崎は過去の人」として認識し、
テレビには浜崎あゆみが新しい教祖様、女王様として君臨していました。
草月10代、90年代の中盤でした。

18歳の頃、テレビで「浜崎のどこが好きか?」というインタビューを見たのを
覚えています。

インタビュアー:アユのどこが好きなの?
A:えー、かわいいから。いいよねぇー
B:歌詞がすごくいいんだよね
C:感動するよね
D:聞きながらないちゃった

こんなことを言っていたと思います。「聞いて泣いた」というコメントを良く覚えています。
「自分のことを歌っているようだ」という歌詞とファッションリードが
高い評価を受けていました。草月はといえば当時、「なんで浜崎は人気なの?」
ぐらいにしか思っていませんでした。でも大学生の頃、鬼束ちひろの歌詞に魅入られ、
改めて浜崎あゆみの歌詞を聞いてみたんです。どうして、90年代の人たちは彼女に共感したんだろう?
そして聞いていて思いました。草月も、たしかに90年代を青年として生きた人間だったんです。

浜崎の歌詞、聞いたことありますか?草月は初期の頃に歌っていた「A Song forXX」
という歌詞に彼女の原基がみえるような気がします。
A song for XXはこんな感じの歌詞です
(著作権があるので、載せれません。一部ニュアンスだけです)。


いつも強い子だねって言われ続けてた 泣かないでえらいねって…
周りが言えば言うほどに 笑うことさえ苦痛に…
一人きりで生まれて 一人きりで生きていく


90年代の青年たちはこの歌詞に共感し、泣きました。だから教祖様になったんだと思います。
80年代までの教祖、尾崎豊と何がちがうんだろう…

草月は思います。
尾崎の歌詞は、すごくいろんなものが出てきます。友達、学校、社会、恋人…
尾崎はいろんな人とかかわりながら、「社会と自分」を歌っているんです。
止まらない思い、爆発しそうな感情の中でも尾崎がしっかりと、
友人や学校と一緒に生きていたことがよくわかります。70年代の社会が良く見えるのです。
浜崎の歌詞は…浜崎の歌詞は、社会があまり見えません(いえ、ある意味良く見えるともいえるかも)。
自分の中の葛藤そのものを歌っているんです。
浜崎あゆみの歌詞に登場するのは自分です。そして限られた関係性の中の深い心の葛藤です。

80年代と90年代、草月は社会の変わり目を感じます。
「みんなとオレ、社会の戦い」から「わたしの中の戦い」へ。
何がわるい、原因だとはいいません。
だけど、10代は血気さかんでどうころんでもエネルギーに満ちている年代です。
それが内に向けられる恐ろしさを、草月は感じるのです。

草月はといえば、今の10倍ぐらい血圧が上昇している血気盛んな毎日でしたが、
幸い外にぶつけまくって周りから批判をあび、ガラスのハートをこなごなされていました。
思い出すと恥ずかしいと思いながらも、そうせざるをえないのが10代の草月だったんです。
(…今は防弾硝子なので大丈夫です。マイウェイでおかしな大人になってしまいました)


90年代、目に見えない何かの変わり目。
友人のこと、学校のこと、当時の大人のこと…
また、思い出したら書こうと思います。



いつの時代も10代は激動。

「いまどきの若いもんは!」…この言葉って絶対世の中から消えないです。


いつでも人生前進する人たちはこの言葉ではなく「いまどきの、なんていいたくない」。
草月の大好きな大人たちはだいたいこういってくれます(お前ももう大人だ)。

でも、今の多くの大人といわれる人が
「いまどきの若いもんは」「覇気がない」「私が若いときは」
とかいいたくなる気持ちもなんとなくわかるんです。確かにそうみえるのかもしれない。
だけど、「言っているほうも思い出につかまっているんじゃない?」と草月は思います。

普通は、自分の思い出に優る現実ってなかなかない。
昔自分が苦しんだこともいい思い出になるように。
誰しもがとおりすぎた記憶でだんだん自分を総括しながら、
過去を許し、きれいにまとめられていくと思います。
だから、まだ10代とかを通行途中の人をみるとはがゆくなるんだろうなぁって思うんです。

もう一つなくならない言葉「いいよなあ、青春だよな。10代に戻りたいよ」。
草月は過去には戻りたくありません。
10代や20代前半はそれ特有の悩みで苦しかったからです。
(それが青春というならそうかもしれませんが草月にはまだわかりません)。
そんな忘れられない思い出も、もう時効なので書いていこうかな?と思います。
めちゃくちゃ恥ずかしいですが、そろそろこのことも吐き出してやれ!と思いはじめました。

草月、思い出せば何かが変わり始めたのは高校生の頃からです。
なんだか周りになじめなくなっていったんです。
なんか周りの子と楽しめない…。そんな感じでした。
それでも合わせて笑ってると、自分がここにいて、ここにいない感じです。

でも、いえないんです。
今の時代の苦しさは、自分の中に閉じ込められる戦いだ、と草月は思います。
「いえばいいじゃない」「むかしは何でもみんなで語ったもんだ」
そういいたい大人に草月は逆にいいたいです。

「じゃあ、あなたが今の時代で10代をやっていたら
それ、できましたか?」

社会が変って、苦しみの質も変りました。人間の関係性もかわりました。
なんのせいだとか、何が悪いとかごちゃごちゃというのは草月は
あんまり好きではありません。ただ、変らざるをえない状況を
迎えざるをえない時代だったんです。それだけだと思っています。
誰しも、大きな時代の渦の中で生きていくしかないと思っています。


草月が10代だった1990年代。このころから急速に時代の価値は
変わったと思っています。
そんな中での思い出を、思い出しながらぽちぽち打っていこうかと
思います。
ようこそ くさつき帳
プロフィール

草月 愛弓

Author:草月 愛弓
草月愛弓(くさつきあゆみ)
Age:30
北海道江別市在住
職業:ライター(他にもいろいろ)
趣味:本、絵、まちあるき

基本は仕事大好き人間です。叱らずのびのび、育ててやってください。温厚に見えますが、仮面の下ぶちぎれ組。

※カテゴリに①②と数字のついているものは北海道探検を
している記事になります。 

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